“カオスをミニチュアライズ”〜現代音楽にありがちな秩序と混沌

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歴史上の音楽家のあれこれ
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曲にはコスモス寄りのものと、カオス寄りのものがある。コスモスって別に花じゃないよ。

無秩序でカオスな曲と、規律がしっかりしてる曲ってあるよね、って話です。

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曲によるカオスとコスモス

完全なる無秩序(カオス)だと何が出てきても新鮮味がなく、音楽としての連続性が喪失する。例えばブーレーズとかのザ・現代音楽とか、フリージャズとかのマネをして作った作品や即興したものに、まったく法則も感じられないし、調もわからんから、どんな音が鳴っても驚かなくない?となってしまう人は少なくないはずだ。未熟な作品にはとりわけそれが顕著なわけだ。音に人間が秩序をつけたのが音楽なので、秩序を感じないというのはダメなわけだ。ここでは便宜上コスモス(調和)と呼ぶが、まあつまりは秩序がある程度は音楽には必要なわけだ。

かといって、秩序にばかりこだわっても、驚きのない平坦なものになってしまう。曲というくらいだから曲がってないといけない。めちゃくちゃ音列とか決め込んで、そのとおりのことが起きてるだけだと、よほどの革新的なシステムでない限り、ほうほう、で?ってなるわけだ。普通の秩序だけあってもつまらない。何もないだけで何万年も漂っている惑星はそこに秩序は確かにあるもののつまらない。隕石が落下し、秩序が壊れ、あらたな秩序が形成されるように刺激が欲しいのである。

(これはお笑いにおける緊張と緩和にも似ている。秩序自体に緊張を走らせ、それを緩和させることで無秩序を形成する。例えば殺人犯が人質を取って身代金を要求する、という秩序を作り出し、そこから人質がいきなり殺人犯に命令していうことを聞かせたらその秩序の破壊になる。桂枝雀は本当に素晴らしい)

曲によってカオス寄りなのかコスモス寄りなのかという属性に違いがあるのだ。

そして、「カオスのふりしてコスモス」とか「コスモスっぽいカオス」みたいなものもあり得る。

いろいろなカオス

たとえばフリージャズに限りなく近くきこえる音楽があるとする。音の並びだけ見たら法則性がほぼなくカオスに近い。モチーフという概念はその音楽に存在しないかもしれない。

ところが優れた作品や即興の中には、まったく違うことしかしていないはずなのに、なぜかそこに秩序を感じるものもある。これはどんなに考えてもできるようにはならないので、見事なものであるが、たとえばフリージャズなどを行うにあたって手癖や、脳にバーンと浮かぶものなどに一定の呼吸ができている、そしてそれがことごとく面白いということによるものの場合が考えられる。オーネット・コールマンやグロボカールを評価する一つの指標・根拠がこれである。

いろいろなコスモス

逆に法則性だけ押し出しているもので、徹底してそれしか出てこないものもある。
例えばライヒの初期曲など、あまりにも法則だけが目立ちすぎているので、誰しもが数秒で飽きる。
ところが、余りにも長い間それを延々と聴かされるうちに、おや?という瞬間がくる。
数秒であれば普通にすぎないそのモチーフを、その数秒聴くことがあったかもしれないし、想像はつく。だが、数十分、数時間とそれを聴く体験は想像もし得ない。
余りの秩序っぷりに、ちょっとした変化も限りなく無秩序のものに感じてしまう。これがミニマル・ミュージック的な効果であろうし、ジョン・ケージの考えにも通じるだろう。
近年はそういった作品そのものもそこそこ当たり前になったため、この効果を狙うハードルはまた上がったといえるだろうが。

カオスをミニチュアライズ

カオスの持つ暴力的なエネルギーをそのままではなくどうにか秩序の中に落とし込んで使う方法にはいろいろな考え方があるだろうが、そのうちの一つとなるであろうものがこちら。
カオスを一定のところで区切ってしまうのである。
またはかわいくデフォルメする。ここではカオスのミニチュアライズという。
前者はカオスがそのままバッサリ切られていて削り出しの素材を使ったアイテムのごとくなり、後者はカオスそのものが丸くなりかわいくなる。

往往にしてカオスは雑草をほったらかした庭のごとく無法地帯になり何が出て来ても驚かなくなってしまう。
それをそうなる前にある一定でカットするのである。これをモチーフ的な形で使うもよし、素材として使うもよし、ということだ。

ただし予めカットしやすいように用意されたカオスもどきではつまらない。ここが重要なのでもう一度言うが、予めカットしやすいように用意されたカオスもどきはつまらないのである。カオスなんだから、ほっとくと危ないミニブラックホールであり、現場を凍りつかせる痛々しい芸であり、魅惑の美人であって欲しい。

カオスを管理しようなどというおこがましいと考える方面もあるだろう。雑草が庭で暴れれば暴れるほどいいという考え方である。ここに記したのは一つの方法論である。

ということで

これはカオスかな?コスモスかな?という視点で作品を見るとまた面白いのではないでしょうか。

またわかりにくいものを作る際の一つの指標なんじゃないかなと思っております個人的に。

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