“Donran”貪婪(2014) for Orchestra

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[Works]Contemporary/Classical
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大学院生のとき、修了演奏会のために書いた2作品目のオケを、一応思い出とともに公開。

大変だったのと、後ろの方は力尽きてカオスになった記憶しかない。作曲当時の解説を読むと、いろいろ頑張ってよくわからんことを考えてたんだな、ということは伝わってきた。

曲の流れを簡単に説明すると、どか鳴らしして殺る気満々に暴れたあと、当時観てた「蟲師」というアニメに影響された笙の和音との玄妙なワールド、そして最後に素早く突っ走る、という序破急形式。急あたりはもうめちゃくちゃ。

どう?これ聴いて。まあ、がんばったんだな、って感じは伝わる・・・かな?

個人的にはこの曲に触れることは臭いものの蓋をおそるおそる剥がす思いである。

"Donran"貪婪 for Orchestra(2014) -KazutakaMonden 門田和峻
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作曲当時の曲目解説(2014)

上方の落語家・桂枝雀が自身の著書にて「緊張の緩和理論」を展開している。

枝雀本人の芸の理論を解き明かしたものであり、元はカントの「笑いは緊張の緩和より起こる」という言葉から来ている。それによると、笑いというものは緊張の緩和から生まれ、緊張の長さによって笑いの度合いが異なる。つまり、最初から構成のない笑いや、話し始めてすぐにオチが現れる話によって起こる笑いは、タメが短いぶん規模は小さい(ちょっと笑ってすぐ鎮まる場合が多い)のに対し、何十分のスピーチの末にオチが待っている落語のネタなどによって起こる笑いは、タメが長いぶん生み出される規模も大きい物になるということである。ちなみに枝雀はその他にも知的、情的といった笑いの分類についても触れている。

私は特段落語好きというわけではないのだが、音楽と落語は時間芸術という共通点を持っている以上通じる部分もあるのではないかと思うので、理論に関しては割りと気に入っている。ただし、音楽との関係性考えたとき、音楽には「解決」という言葉があり、「緩和」に似たような性質を持つが、異なる点もある。両者の共通点としては、基本的には時間の進行上の目的であること。和声やリズムなどの要素を駆使して、解決時の快感をより大きなものとしようとするところは、緊張の度合いを高めようと話の展開をあれこれ展開し、より大きな緩和を導こうとすることに似ている。異なる点は、「解決」しても必ずしも緊張が途切れるわけではないということである。

曲はそういったことをあれこれ考えながら制作された。音群が現れ、伸び縮みする。音価の大小が極端であり、音価の小さいところの密度はかなり高い。緊密に詰め込まれた音の中から新たな音群が登場し、また伸び縮みする。それがうねりでできた巨大な怪物のように見えてきた時、わりあい大きな「緊張の緩和」を感じることができるかもしれない。

私にとって、オーケストラの楽曲は作品としては2曲目である。「貪婪」のタイトルは、密度を稼ぐためにあれもこれもと欲張って詰め込んだ、ということからつけた。

演奏者の方々へ

プログラムノートには載せませんでしたが、急で不明瞭なお願いとなってしまったにも関わらず演奏を引き受けていただき、感謝いたします。

楽曲の全体の構成としては序・破・急を意識したものになっております。

序に当たる部分は低速かつ不安定な練習番号Jまで、破に当たる部分は雅楽の音階が登場するJ~Xの手前まで、急に当たる部分は一気に速度を増すX以降です。

それらの色分けを意識して演奏していただけると幸いです。

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