ミュージカルの歴史をざっくりとまとめる。(オペレッタからの変遷に焦点を当てて)

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ミュージカル
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最近流行りのミュージカル。

しかしちゃんと歴史がある。まあざっくりと押さえて、より良いミュージカルを堪能しよう。

今回はオペレッタからの変遷や、オペラ・オペレッタとの違いに焦点を当てて記します。

ちなみに2つ目も出したのでこちらも参考にされたし。

起源

ミュージカルの起源の一つはオペレッタである。

(オペラの起源についてはこちらを参照)

ヨハンシュトラウス2世が代表作「こうもり」などで「オペラ」から派生した「オペレッタ」を流行らせ、ウィーンで発達した。

「オペラ」と「オペレッタ」の違いって何?と思うかもしれない。イタリア語的にはettaがつくので「小さいオペラ」となるわけだが、「こうもり」の演奏時間は2時間を超え、下記のごとくフルオケががんがん鳴り響いている。

J. シュトラウス:こうもり (C. クライバー, 1986年)【全曲・日本語字幕】

一体どこが小さいのかというと、別になにも小さくない。ただ、創作理念として、オペレッタのほうがより娯楽的である、ということらしい。つまり、貴族階級の嗜みであったオペラに対し、もはや市民が聴衆のメインとなった時代において、オペラほど高尚なものではないっすよ、という意味合いがあるということ。なんだ、ノベルとライトノベル(ジュブナイル)みたいなもんなのだ。ただ、オペラ自体も正直そこまでまともなストーリーでないものがほとんどなので、正直高尚とか言われてもなんとも、というところだろう。歌唱法は一緒なので、オペレッタ歌手とオペラ歌手は兼業している者がもともと多かったそうだし、プッチーニがオペレッタとして書いた「ロンディーヌ」は現在ではオペラとして扱われているなど混乱も数多いので、そこまでの違いはないのだろう。いい加減なものである。

アメリカへの持ち込み(20世紀初頭)

ヴィクター・ハーバードという音楽家がいる。彼は1886年、27歳でイギリスからアメリカにうつった際、普通の芸術音楽の他にライト・オペラと呼ばれたミュージカルの元祖みたいな作品を書いた人物である。彼らによってオペレッタはアメリカに持ち込まれ、ショービジネスとなっていった。

VICTOR HERBERT: "The Fortune Teller" – OHIO LIGHT OPERA

これがライトオペラ。確かに短い。オペレッタよりはっきりとわかりやすく短い。そして、グーテンモルゲンボンジョルノ〜などと聴いててもわかりやすい。そしておそらく、ちょっとミュージカルっぽいダンスがありそうな気配がする。

もちろん、起源をオペレッタだけに求めるのは軽率で、実際には他にもバラッド・オペラ、オペレッタ、ミンストレル・ショー、バーレスク、ミュージック・ホール、ヴォードヴィル、レビューなど、各国々のショーなどと合わさって潮流が出来上がった。詳しくは下記。

ショウボート(1927) は世界最古のミュージカルと言われている。オペレッタの重厚さと、ショーの派手さをうまく合わせたミュージカルはこれが最初であるからである。これ以前はミュージカル・コメディなどといってストーリーがそっけない単純なものが多かったのだ。

Howard Keel & Kathryn Grayson, "Make Believe" from "Show Boat" (1951)

ブロードウェイ全盛期へ(1940-)

その後、ブロードウェイにて大ヒットが連発。オクラホマ(1943)、ウエストサイドストーリー(1961)、サウンドオブミュージック(1965)など。ウエストサイドストーリーの作曲者は言わずとしれた名指揮者レナード・バーンスタイン。ピアニストとしてもスーパーであったというスーパーマンです。

Oklahoma!
"Do-Re-Mi" – THE SOUND OF MUSIC (1965)
West Side Story – Mambo!

ちなみに、オペラもミュージカルも両方書いたレナード・バーンスタインは、「歌でストーリーが進行するのがオペラで、ストーリーの結果が歌やダンスに結実するのがミュージカル」と言ったそう。
でもその言い方をそのまま両者の文化の違いとして挙げるにはかなり断片的で、本質的にはその歴史によって互いの文化が形作られているものだったりする。オペラのほうがもちろん歴史はうんと長いのだから。

・・・と言われたら、

レナード・バーンスタインが書いたオペラって気になりませんか?俺は気になった。

オペラ TROUBLE IN TAHITI(1952)

Leonard Bernstein (1918 – 1990) – Trouble in Tahiti

・・・うん、まったくもって歌唱法だけオペラのミュージカルです。本当にありがとうございました。

その後現在へ

この後、より地声に近いベルト唱法という歌唱法が発達してくるそうな。また、ロックなどと交わり、ポピュラー化・悪く言えばジャンク化も進むものも。

その後はおなじみオペラ座の怪人(1986) 作曲はAndrew Lloid Webber(1948-)イギリス人である。他にもキャッツなど、名だたる作品を書いている。

オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)

まあ完全にロックナンバーだよね。

ちなみに、ミュージカル界の歴史についてや、成り立ちについて深く説明した論文があった。一応メモ代わりに埋め込んでおく。この本文には反映させていません。参考文献として、あとでゆっくり読んでみたいね。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjstr/51/0/51_39/_pdf/-char/ja

まとめ

オペラとの関わりは想像以上にあった。というか、原初風景は生オケバックで歌うショウって感じで、その血筋としては極めて似ている部分もある。と、現代の素人である私はつい思ってしまうのだが、1つ1つを細かくみると、その文化的背景はあまりに深い。まあ、ブルースから派生したジャズだって、そこから派生したロックだって、ないしはクラシックと映画音楽の関係だって、ポピュラリティーとの関わり合いを引き合いに出さずには語ることはできない。オペラを発達させて、ショウと融合して誕生したミュージカルは、その影響を核に秘めつつ、大きな魅力をもって今日まで進化してきた。私にできることは、その100年ちょっとの歴史に敬意を払いながら、機会をいただけるのなら作曲することだけであろう。

筆者が作曲/編曲のミュージカル

宜しければ、元劇団四季の方々をはじめとする素晴らしいスタッフのみなさんと作り上げた、オリジナルミュージカルも、ぜひチェックしていってください。(動画あり)


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参考文献

・ミュージカル史 小山田伸(著)

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